大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(レ)494号 判決

控訴人 奥富テイ

右訴訟代理人弁護士 小林秀正

被控訴人 岩渕芳五郎

右訴訟代理人弁護士 片野真猛

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

被控訴代理人は、本訴請求の原因として、

(一)  別紙物件目録記載(1)の土地(以下本件土地という。)は、被控訴人の所有に属するところ、

(二)  昭和二十四年四月二十日、控訴人の長男訴外亡奥富欣司の代理人訴外浅野浩から、被控訴人に対し、建物所有のための右土地賃借方の申込があつたが、被控訴人は、賃貸の意思がなかつたので、交渉の結果、欣司と被控訴人との間に、欣司は、右土地を昭和二十五年四月二十日までに被控訴人より買取ること、被控訴人は、欣司に対し、右土地を同人において、買取るまでの間に限り、建物所有の目的で無償で使用させること、将来、欣司が土地を買取ることができない場合には、建物を収去して右土地を明渡し、且つこの契約の日以後、土地明渡済までの相当損害金を支払うことという趣旨の約定が成立した。

(三)  そこで、欣司は、その後、間もなく、本件土地上に別紙物件目録記載(2)の建物(以下本件建物という。)を建築所有したのである。

(四)  ところが、欣司は、約定買取期限が過ぎても買取らないばかりか昭和二十八年十一月十日、被控訴人に対し、右土地を買取ることはできないから賃貸して貰いたいと申入れて来た。そこで被控訴人は、昭和二十九年二月五日、欣司に宛て、右土地賃貸の意思のないことを明示すると共に、土地の買取を求め、本催告到達の日から三ヶ月以内に買取らない場合には、本件建物を収去して本件土地を明渡され度い旨の催告を発し、右催告は、翌六日、同人に到達したが、同人は、右期間内に本件土地の買取を申出なかつたので、被控訴人と欣司間の本件土地についての使用貸借契約は、前記約旨により、遅くとも昭和二十九年五月六日の経過により、終了した。

(五)  その後、欣司は、昭和三十二年一月十四日、死亡したが、妻子がなく、控訴人において、相続により、欣司の権利義務を承継した。

(六)  よつて、被控訴人は、本件使用貸借契約の終了に基き、控訴人に対し、本件建物を収去して、その敷地である本件土地を明渡し、且つ右契約終了後である昭和二十九年六月二日以降明渡済までの一ヶ月一坪当り金五円の本件土地の賃料に相当する損害金を支払うべきことを求めるものである。

控訴人の積極的な主張については、

本件土地の大部分が首都圏整備計画の地域内にあること、欣司が被控訴人に対し、本件土地について、賃借契約締結の申入をしたことは認めるが、その余の点は否認する。

被控訴人は、本件土地について、本件土地を欣司に売却することを約した当時、本件土地が首都圏整備計画地域内にあることと、右整備計画が何時施行されるかを知らなかつた(施行の時期は現在も不明)ものである。又本件土地が右整備計画地域内にあつても、右土地の所有権には何等の制限も加えられるものではないから、右土地に瑕疵があるということはできない

と述べ、

控訴代理人は、被控訴人主張の請求原因事実について、

(一)は認める。

(二)のうち、被控訴人に対し、訴外亡奥富欣司より、被控訴人主張の如く、土地賃借方の申入れがなされたことは認めるが、その余の点は否認する。

昭和二十四年四月当時、欣司は、疎開先より上京するため、上京後の住居地とする土地を物色中、本件土地を知り、既述の如く、被控訴人に賃借方を申入れたところ、建築請負業者である被控訴人は、本件土地上に欣司の建築しようとする建物の建築を被控訴人に請負わせてくれるなら、本件土地を欣司に賃貸しようというので、欣司は、右建物建築を被控訴人に請負わせて、本件土地の賃貸を受けたのである。その際、その賃料等については、後日、具体的に決定する旨が約定されていた。ところが、被控訴人は、本件建物の建築ができあがると、従来の態度を急変し、欣司に対し、本件土地を買取つて貰いたいと申入れるに至つた。そこで、欣司は、止むなく、その姉訴外奥富正子が所有する東京都板橋区富士見台所在の土地を他に売却し、売得金を入手できたら本件土地を買受けようと応答したことがある。右応答が本件土地の買受方を約諾したことになるとしても、正子の右所有地の売却ができたことを停止条件とするもので、期間の定めはなかつたものであり、しかも、正子の所有地は、未だ売却できないのである。

(三)のうち、昭和二十四年四月頃、欣司が本件土地上に被控訴人主張の建物を建築所有したことは認める。

(四)の第一段の事実は否認する。第二段のうち被控訴人主張の日時、その主張の催告が欣司に到達したことは認めるが、その余の点は否認する。

(五)は認める。

(六)のうち、本件土地の相当賃料額が被控訴人主張の通りであることは認める。

と述べ、更に控訴人の主張として、

仮に欣司が被控訴人主張の通り、本件土地を一ヶ年内に買取る約旨の下に右買取までの間に限り、無償で右土地の貸与を受けたものであるとしても、右土地は、その殆んどの部分が首都圏整備十ヶ年計画路線の放射線幅員三十米道路の計画地域内に編入されているところ、欣司は、右事実を知らずに本件土地を買受けることを約したもので、その後、これを聞知し、昭和二十八年九月十日、東京都建築課に赴き、これを確知したものであるから、右事実は、民法第五百七十条にいわゆる売買の目的物に隠れた瑕疵があつたときに該当するわけであり、欣司は、このため、本件土地買取の契約をした目的を達することができないので、同年九月二十七日、被控訴人に対し、右契約を解除する旨の意思表示をすると共に、本件土地について、賃貸借契約を締結し度い旨を申入れた。しかるに、被控訴人は、欣司の責に帰することのできない右事情の下に契約が解除されたのに拘らず、欣司の右賃借申入に応ぜず、同人に対し、本件土地の買取を求め、且つ使用貸借契約の終了を理由として、本件建物を収去して、その敷地である本件土地を明渡すことを求めているが、これは被控訴人の権利の濫用であつて、許容されるべきではない。従つて、被控訴人の本訴請求は、失当として棄却されるべきものである

と述べた。

証拠関係≪省略≫

理由

被控訴人主張の(一)の事実は、控訴人の認めるところである。

そこで被控訴人主張の(二)の事実についてしらべてみると、成立に争いのない甲第一号証≪省略≫を綜合すれば、控訴人の子訴外亡奥富欣司は、戦争中に疎開して以来、控訴人及び欣司の姉である訴外奥富正子と共に、埼玉県川越方面に居住していたが、東京に復帰しようとして、昭和二十四年春、控訴人を介し、訴外浅野浩に対し、東京に建物所有のための適当な土地を求めることを依頼したこと、浅野は、欣司の亡父と親交があつた関係から、欣司等に同情して、これを承諾し、その頃、欣司の代理人として、被控訴人に対し、本件土地を欣司に賃貸され度い旨を申入れたが、被控訴人は、右土地を賃貸することはできないが、買取つて呉れるなら売つてもよい旨を答えたところ、欣司は、資金の関係上、右土地をいま直ちに買取ることはできないが、欣司方所有(控訴人は欣司の姉正子の所有と主張しているが)の東京都板橋区富士見台所在の土地を他に売却し、その売得金をもつて、本件土地を買取ろうというので、かくて、同年四月二十日頃、欣司の代理人としての浅野と被控訴人との間に本件土地を、将来、売買時の時価で欣司において買取ることを約すると共に、同人が右土地を買取るまでの間に限り、被控訴人はその土地を欣司に建物所有の目的で無償で使用させる旨を約定したことが認められる。右認定に反する原審証人奥富テイ、同奥富正子(第一、二回の)各証言、原審における被告本人の供述は、前記各証拠に対比して、たやすく信用できず、成立に争いのない乙第一、第二、第六号証、乙第七号証の一乃至三をもつては、右認定をくつがえすに足らないし、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

以上認定の事実からすれば右約定の趣旨は、契約当事者間において、欣司が本件売買を完結する権利を保有する間は、本件土地を無償で使用できるが、売買を完結し、又は売買完結権を失つたときは、右使用貸借関係が終了する旨を約したものというべきである。

被控訴人主張の(三)については、昭和二十四年四月頃、欣司が本件土地の上に被控訴人主張の建物を建築所有するに至つたことは本件当事者間に争いがない。

そこで、控訴人の積極的主張についてしらべてみると、本件土地の大部分が首都圏整備計画の地域内にあることは被控訴人の認めるところである。

右のように売買の目的土地の全部又は一部が首都圏整備計画地域に該当し、早晩、その実施により、右土地上に所有する建物の全部又は一部を撤去しなければならない事情にあり、右事情が一般的に知られず、買主もこれを知らなかつたときは、民法第五百七十条にいわゆる売買の目的物に隠れた瑕疵があるときに該当し、このため契約をした目的を達することができない場合には、買主は、同法第五百六十六条により、契約の解除をすることができるものと解するのが相当である。本件についてみると、当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第一、第二号証の各一、二≪省略≫を綜合すれば、欣司は、本件建物所有の目的で本件土地を買取ることを約した後、その買取資金を入手するため前述の富士見台所在の土地の買手を探したが見付からず結局本件土地の買取資金がない上に本件土地の大部分が首都圏整備計画路線の放射十号線幅員三十米道路の敷地に該当し、右計画が実施されると本件建物の大部分を撤去しなければならず、これに該当しない空地に移転することも困難であり、この結果、到底、本件土地を買取つても建物保持の目的を達することができない事態に立ち至ること、欣司は、本件土地が右のように道路敷地に該当する事実を知らずに買取る契約をしたが、右整備計画は実施の時期も定かならず、一般には右計画の存在は介意されないで忘れられた状態であつたが、欣司はその後、右事実を聞知し、その旨を被控訴人に通知し、被控訴人これを知らなかつたので、昭和二十八年九月頃、東京都建設局に赴き、調査した結果、本件土地の地域に整備計画が実施される時期は不明であるが、本件土地の大部分が右道路敷地に該当することが判明したこと、そこで、欣司は、同年九月二十七日、被控訴人に対し、本件土地を買取ることを拒絶する旨の意思表示をすると共に、本件土地を賃借し度い旨を申入れたが、被控訴人は、右申入に応じなかつたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。従つて本件土地買取契約は、被控訴人主張の(四)の第二段の契約解除をまたずして欣司の右意思表示により、解除され、終了したものというべく、これにより、欣司は本件土地を買取る義務を免れると同時に、他面において、土地買取契約の完結権を失つたものと云うべく、これがため、本件土地の使用権をも喪失したものと云わざるを得ない。

ところで、控訴人は、右のような事情で本件売買に関する契約が効力を失つた場合、被控訴人が右賃貸借契約締結の申入に応ぜず、本件使用貸借の終了を理由に本件土地の明渡を求めるのは、権利の濫用である旨主張するので考えると、原審証人奥富テイ、同奥富正子(第一、二回)の各証言、原審における被告本人の供述を綜合すれば、前記認定のように、欣司は、かねてから、控訴人及び姉である正子と共に埼玉県川越方面に居住していたが、東京に復帰するため、昭和二十四年四月二十日頃、本件土地について買取ることを約すると共に、無償で右土地の貸与を受け、その後間もなく、本件建物を建築し、一家を挙げて、これに移転し、爾来、これに居住していることが認められるので、現在において、控訴人が本件建物を収去して本件土地を被控訴人に明渡すことは、極めて苦痛とするところであり、物質的損失を受けることも推認するに難くない。しかしながら土地の所有者がその所有地を他に賃貸するかどうかの選択は、その主観的判断により、自由に決しうるところであり、これについて課せられている制限は、その選択が社会取引の通念に照らし、許容されるべき範囲を越えてはならないというのに止まる。

本件についてみると、欣司は、右のように本件土地買取契約を解除する以上、本件建物の敷地についての権利を確保しなければ、本件建物を収去しなければならない虞れがあることは、明らかであるのに、その権利を確保せずに、右契約の解除をしたので、これにより、損害を受ける可能性のあることは、当然予測できたものであるから、これによる不利益を帰せしめられても止むを得ないものといわなければならない。他方、甲第一、第二号証の各一、二≪省略≫を綜合すれば、被控訴人は、従来から、本件土地を他に賃貸せず、売却する予定であり、本件土地を、将来、欣司に売却することを約した当時、本件土地が首都圏整備計画地域内にある事実を知らなかつたこと、しかも、被控訴人は、欣司が本件土地の賃借を望むならば、自分の方から被控訴人方に足を運んで懇請すべきを、被控訴人を欣司方に招致しようというが如き態度と、土地買受を約し、右約旨の下に数年本件土地を無償で使用して置きながら、今頃になつて一般に問題にもなつていない首都圏整備計画を持出して、買取を拒否したこと等に不快の念を抱き、本件土地を賃貸しない気持を固めたことが認められるので、被控訴人が予め、本件土地についての権利を確保せず、本件土地買取契約を解除した欣司に対し、右土地の賃貸を拒んだからといつて、社会取引の通念に照らし、許容されるべき範囲を越えて、賃貸を拒絶したものとはいえないから、被控訴人の本訴請求をもつて、権利の濫用と解することはできない。従つて、控訴人の右権利濫用の主張は理由がないものというべきである。

次に、被控訴人主張の(五)の事実並に本件土地の相当賃料額が一ヶ月一坪当り金五円であることは、控訴人の認めるところである。

してみれば、控訴人は、本件使用貸借契約の終了に基き、被控訴人に対し、本件建物を収去して、その敷地である本件土地を明渡し、且つ右契約終了後の昭和二十九年六月二日以降右明渡済までの一ヶ月一坪当り金五円の本件土地の賃料に相当する損害金を支払うべき義務があることは明らかであり、右義務の履行を求める被控訴人の本訴請求は、正当として認容されるべきものであるから、これと同趣旨に出た原判決は、相当であつて、民事訴訟法第三百八十四条第一項により、本件控訴は、棄却されるべきものである。

よつて、当審における訴訟費用の負担について、同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文の通り、判決する。

(裁判長裁判官 毛利野富治郎 裁判官 土田勇 佐藤栄一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例